『 午睡 』鈴花が土方の意見を訊いておきたいことがあって、土方の部屋を訪れたのはある昼下がりのこと。「土方さん、桜庭です」 慣れない扉を叩いて、声をかけてしばらく扉の前で待ってみたけれど、一向に返事はなく。 この時間はいつも土方さんが部屋にいる時間だから、ちょっと不安に思ってそっと扉を開けて覗いてみると。 土方さんは机の前の椅子に座って、何か考え事をしているのか片肘を机に突いて瞑目したまま動かなくて。 「・・・・・土方さん?」 そのまま近づいてみると、珍しいことに土方さんはそのままの姿勢で眠っているらしくって。 これでは、休んでいても、体が疲れてしまう。休むなら、もっとちゃんと休んで欲しくって。 申し訳ないと思いつつも、声をかける。土方さんがここまで近づいても目覚めないなんてよっぽど疲れてるんだろう。 名前を呼んで、肩を叩こうとしたところで、目覚めたらしい土方さんと目が合う。 「あ、ああ・・・桜庭か。どうした?」 つい今までうたた寝していたことなどちらりともうかがわせず、土方さんは言う。 それが悔しくて、近い方の土方さんの腕を掴んで引っ張ると、土方さんは訳が分からないながらも立ち上がってついて来てくれた。 「『どうした?』じゃありません。休むならちゃんと横になってください!」 そのままの勢いで、土方さんを寝台に座らせる。土方さんは驚いたように私を見たらから、その視線を真っ直ぐに見返す。 「・・・休むなら、きちんと休まないと余計に疲れちゃいます」 それでも、立ち上がろうとした土方さんの腕を抱え込むようにして、その隣に座る。 「少しくらい休んでも良いじゃないですか、私がちゃんと責任を持って起こしに来ますっ!だから・・・たまには部下のお願いくらい聞いてくださいっ!」 ちょっと強引だとは思うけれど、そのままじっと動かないでいると、上から呆れたような小さいため息がふってきた。 「分かった、分かった・・・おまえが意外と頑固なことを失念していた」 その言葉に土方さんの方を向くと、小さく微笑んでくれた。土方さんは最近、こんなふうに微笑みんでくれるようになったと思う。 土方さんが力を抜いて、その場に腰を落ち着けたのが分かったから、私は立ち上がろうと足に力を入れる。 このまま私が座ってたら土方さんは体を伸ばせないものね。 と。私が立ち上がる前に、さっきとは反対に土方さんに腕を引かれ、ちょっと姿勢を崩すと、何故か膝の上に土方さんの頭がごく当たり前のように乗せられて。一瞬、思考が停止する。 つまり。今の状態は、私が土方さんに膝枕をしているってことで・・・ 「土方さんっ!?」 「おまえが起こしてくれるんだろう?・・・少し休むから、膝を貸せ」 何するんですか!と続ける前に、こう言われてしまっては嫌だと言って払いのける訳にもいかなくって。 こんな土方さん、京都にいた頃は考えられない。 ちょっとは信頼してもらえているのかと思うと、嬉しいけれど、ちょっとくすぐったい。 そのうち、手持ち無沙汰なのもあって、自然と手が土方さんの髪に吸い寄せられる。触れた瞬間は少し力が入ったけど土方さんは何も言わなかったから。 それをいいことに手櫛で髪をすいたり、指に巻きつけたりしてみる。 さらりとこぼれていく髪は、いつ見ても艶やかで綺麗。 これで特別なお手入れをしてないって言うんだから羨ましいな・・・って、髪のお手入れしてる土方さんって想像できないけど。 どれくらいそうしていたのか。 交わす言葉はなく。土方さんが本当に眠っているのか、それとも起きているのかはここからじゃ分からない。起こしたら悪いからあまり動かないでいた。 ふと視線を落とせば、当たり前だけれど、土方さんが大人しく膝枕なんかされていて。 ・・・よく考えると、私はかなり恥ずかしいことをしているんじゃないだろうか? 先刻は勢いで押し切って、押し切られてしまった気もするけど、一度そこに考えが辿り着くと、恥ずかしいのと申し訳なさで居たたまれない気持ちになってきて。 「・・・二人だけの時くらい、甘えて下さい・・・私にはこんなことくらいしか、出来ないんですから・・・」 なんて、取り繕うように。でも、絶対に土方さんには聞こえないように、小さく口の中だけで呟いてみる。 こんな風に二人だけの時くらい、弱音を吐いて欲しいと思う。 普段の真っ直ぐ前を向いて進み続ける土方さんも好きだけど、どんなに強い人だって、ずっと張り詰めていたままでは疲れてしまう。 特に土方さんは自分に厳しい人だから。弱音なんて滅多に吐いてくれない人。 このごろでこそ、ちょっとは頼ってもらえてるのかなと思うこともあるけれど。 側に居て、私でも土方さんの安らぎになれたら、と思う。私には大それた願いかもしれないけれど・・・ 私の居場所はもう、土方さんの隣だけだから。 「・・・ば、桜庭?」 ぼんやりとそんなとりとめもないことを考え込んでいると、いつのまにか横を向いていた土方さんが下から私を見上げていて。 何度も名前を呼ばれていたみたい。 あ、こうやって土方さんを見下ろすのって、これが初めてかも・・・ 「どうした、桜庭。浮かない顔をして?」 「あっ、いえ・・・何でも、ありませんよ?」 「何でもないって顔じゃないから言ってるんだ」 土方さんの腕がのびてきて、頬にそっと。まるで壊れ物に触れるみたいに優しく触れる。そんな何気ない仕草が、無性に恥ずかしい。 「土方さん・・・?」 「おまえは俺に休めというくせに、おまえ自身はちっとも休んじゃいないだろう」 土方さんの手はまだ離れていかなくて。触れたところからじわりと伝わってくるぬくもりが心地良い。 「そんなこと、ないですよ?」 「自覚がないならなおさら困る・・・」 本当に困った。というように、土方さんは眉根を寄せる。 「あ、また。気をつけないと癖になっちゃいますよ?ココ」 一つ微笑んで、土方さんの眉間にそっと指を置く。もうとっくに癖になってることは知っているけれど。 私は今、ちゃんと笑えてるよね? 「もう、とっくに癖になってる。それより・・・」 言いながら軽くため息をついて私の指を払い、土方さんはゆっくりとその身を起こした。 そうかと思えばと、ぐいと引き寄せられて。気づけば土方さんの腕の中にすっぽり納まっていた。 「前にも言っただろう。俺は、おまえが側に居てくれるだけで充分だとな」 まるでさっき考えていたことを見通されているような。そんな土方さんの言葉に、頬に熱が集まるのが分かる。 この体勢もどうかと思うけれど、顔が見られることがないから良かったかもしれないと思う。 「ひ、土方さん。あの・・・」 「俺もこうして休んでるんだ。お前も少し休め」 それだけ言うと、そのまま一緒に倒れこんでしまった。 どうにかして土方さんの腕から抜け出そうともがいてみても、やはり力では敵わなくて。諦めて力を抜いてみる。 これじゃあ、さっきの土方さんと同じだな、なんて思う。 普段はもっと賑やかで何かしらの音が絶えないのに、今はこの部屋だけ区切られたみたいに周りも静かで。 土方さんの腕の中は温かくて、どこからかしみ出てきた眠気がゆっくりと瞼を重くしていく。 「少しだけ、ですよ?・・・もし寝てたら、起こしてください・・・・・」 「ああ、一刻もしたら起こしてやるさ」 そんな土方さんの返事を最後に心地よい眠りへと落ちていった。 −終− 〜おまけ〜 「土方さん、入りますよ・・・」 島田は扉を叩いてしばらく待ったが、返事がなかったので、部屋に入る。急ぐ訳ではないが、それでも土方に目を通しておいて貰いたい書類があったのだ。 いつもなら鈴花に頼んで持っていってもらうのだが、今日は何故か鈴花の姿も見当たらなかったので、自分で来たわけだ。 部屋の主である土方を探して、部屋を見回し、その姿を見つけとところで、彼は我が目を疑った。 ・・・視線の先では、土方と鈴花が身を寄せ合うようにしてうたた寝をしていたのだ。 そのままにして風邪をひくかもしれないとは思ったが、あまり音を立てて二人を起こしては意味がない。 いつも近くで見ている者が心配なほど、二人は働いているのだ。たまにはこんな時間があってもいいだろう。 なにか見てはいけない場面を見てしまったような、妹を嫁に出したような、くすぐったいような気持ちを覚えた島田は二人を起こさないように静かにその部屋を後にした。 「・・・少しくらいは、な・・・」 島田の足音が遠ざかってから、ゆっくりと目を開けた土方は、腕の中で眠る鈴花を起こさないようにポツリと呟いた。 |
〜ひとこと〜 千成さんのサイトでフリー配布されてたお話を頂いてきましたvv 甘々な土鈴です。 膝枕も素敵ですが、その後の展開にもっと喜びました(爆) この光景を見てしまった島田さんの表情が 目に浮かぶようです(笑)。 きっと函館での出来事ではないかな〜と私は思うのですが…。 素敵なお話を頂けて光栄ですvv (2005.9.4) |